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海南簡易裁判所 昭和44年(ハ)2号 判決

原告 田中美延 外四名

被告 国

訴訟代理人 古田寛治

主文

被告より原告等に対する海南簡易裁判所昭和二五年(イ)第二〇号和解調書に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

(一)  被告より訴外亡田中延一に対する債務名義として請求の趣旨記載の和解調書が存し、右和解調書には別紙(一)のとおりの記載がある。

しかして右和解調書作成後の昭和四二年四月一四日訴外田中延一は死亡し、原告等は相続分各五分の一の割合で亡延一の相続人となりその債務を承継した。

(二)  本件債務名義に表示された亡田中延一の被告に対する給付義務は、和解条項第一項における訴外松岡岩楠が負担した昭和二五年四月一日以降の遅延損害金を含むすべての債務のうち金一七万五〇〇〇円を限度とする支払義務であると解されるところ、被告に対して、亡延一は別紙(二)番号1ないし52記載のとおりコイヤーフアイバー代金合計金一四万五〇〇〇円を支払い、同人死亡後は、相続人である原告等において別紙(二)番号53ないし67記載のとおり、コイヤーフアイバー代金を六〇〇〇円づつ合計金三万円を支払い、本件和解調書に表示された給付義務を完済した。

(三)  仮りに本件債務名義に表示された亡延一の給付義務がコイヤーフアイバー代金五三万七九四一円六八銭のうち金一七万五〇〇〇円とこれに対する昭和二五年四月一日から完済まで日歩金五銭の割合による遅延損害金の支払義務であるとしたら、亡延一はそのような合意をしたことはなく、本件和解条項第一項記載の訴外松岡岩楠が負担した昭和二五年四月一日以降の遅延損害金を含むすべての債務のうち金一七万五〇〇〇円を限度とする連帯保証債務を負担したにすぎないから右金額を超えてそれに対する前記遅延損害金の支払義務はない。

(四)  仮りに本件債務名義に表示された亡延一の給付名義が、右(三)記載のとおりであり、且つ真実被告との間にそのような合意があつて前記昭和二五年四月一日以降の遅延損害金についてもその支払義務があるとしても、

(1)  コイヤーフアイバー代金の支払につき被告と亡延一との間において、

(イ) 昭和二九年五月二六日、当時残存していたコイヤーフアイバー代金一六万円につき同年五月存り昭和三一年一二月まで毎月未日限り金五〇〇〇円づつ分割して弁済すべき旨の合意をなし、

(ロ) さらに昭和三一年一二月二二日、当時残存していたコイヤーフアイバー代金一三万五〇〇〇円につき同年一二月より昭和三七年七月まで毎月末日限り金二〇〇〇円づつ(但し最終回は一〇〇〇円)分割して弁済すべき旨合意をなし、

(ハ) さらに昭和三九年三月二六日、当時残存していたコイヤーフアイバー代金六万六〇〇〇円につき昭和三九年四月末日限り金二万円、同年五月より昭和四一年三月まで毎月末日限り金二〇〇〇円づつ分割して弁済すべき旨の合意をなし、それぞれコイヤーフアイバー代金の支払につき履行期限が猶予された。

(2)  そして右各期限猶予の際、亡延一は被告より、昭和二五年四月一日以降各期限猶予の日まで、それぞれ既に生じていたコイヤーフアイバー代金に対する日歩金五銭の割合による遅延損害金につき払義務を免除された。

と述べ、

なお、右各期限猶予後における分割金の支払の状況は被告主張のとおり認める。

と述べた。

二、被告指定代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  同(二)に対し、原告等主張のとおり亡延一および原告等よりコイヤーフアイバー代金一七万五〇〇〇円を完済したことは認める。

しかしながら本件債務名義に表示された亡延一の給付義務は、コイヤーフアイバー代金五三万七九四一円六八銭のうち金一七万五〇〇〇円と、これに対する昭和二五年四月一日から完済まで日歩金五銭の割合による遅延損害金の支払義務であると解され、原告等主張のような訴外松岡岩楠の負担する遅延損害金も含むすべての債務のうち金一七万五〇〇〇円の支払義務であると解すべきではない。

(三)  請求原因(三)に対し、

昭和二五年七月四日成立の本件和解において、訴外松岡岩楠は、被告に対し、昭和二三年一二月二五日より昭和二四年四月ごろまでの間の被告より買受けたコイヤーフアイバー代金五三万七九四一円六八銭および右売渡後昭和二五年三月三一日までの右に対する遅延損害金二五万二七五六円八四銭以上合計金七九万六九八円五二銭ならびに右コイヤーフアイバー代金に対する昭和二五年四月一日から完済まで日歩金五銭の割合による遅延損害金につきその支払義務を負担した。

そして亡田中延一は右松岡の負担した金七九万六九八円五二銭のうちコイヤーフアイバー代金である金五三万七九四一円六八銭につき、そのうち金一七万五〇〇〇円を限度とする連帯保証債務を負担したものである。

原告等主張のような昭和二五年四月一日以降の遅延損害金を含む訴外松岡が負担したすべての債務中金一七万五〇〇〇円を限度とする連帯保証債務を負担したものであるとの点は否認する。

そうすると亡延一はコイヤーフアイバー代金のうち金一七万五〇〇〇円と主たる債務者松岡の負担した右に対する昭和二五年四月一日以降の遅延損害金についてもその支払義務を負担したというべきである。

(四)  請求原因(四)に対し

(1)のうち(ハ)は認める。(イ)(ロ)は否認する。

仮りに(1) 記載のとおり期限の猶予があつたとしても、亡延一および原告等は右猶予された期限にも遅滞し(1) (イ)記載の期限猶予後においては亡延一が別紙(二)番号3ないし7記載のとおり、(1) (ロ)記載の期限猶予後においては亡延一が別紙(二)番号8ないし43記載のとおり(1) (ハ)記載の期限猶予後においては亡延一が別紙(二)番号44ないし52記載のとおり、その余は原告らが同53ないし67記載のとおりそれぞれ各支払期限欄記載の分割金を支払つたにすぎない。

請求原因(四)の(2) につき全部否認する。

と述べた。

三、〈証拠省略〉

理由

一、被告より訴外亡田中延一に対する債務義名として海南簡易裁判所昭和二五年(イ)第二〇号和解調書が存し右和解調書には別紙(一)のとおりの記載があること、右和解調書作成後の昭和四二年四月一四日訴外田中延一は死亡し、原告等は相続分各五分の一の割合で右延一の相続人となつたことはいずれも当事者双方に争がない。

二、(債務名義の解釈)

本件債務名義に表示された亡田中延一の被告に対する給付義務は何かというに、和解調書中和解条項第五項には「訴外田中延一は訴外松岡岩楠の本件債務中金一七万五〇〇〇円を限度として連帯保証債務を負担すること「の記載があること前記のとおりである。

ここで「連帯保証債務を負担すること」とは、文字のみよりすると給付義務をあらわしたとはいえないが解釈するにつき対照とすべき和解条項第一項には訴外松岡につき「支払義務を認める」との文言になつておりこの文言とてらし合わせ結局給付義務をあらわしたものということができる。

ところが、右給付義務は「訴外松岡岩楠の本件債務中」金一七万五〇〇〇円について支払らうべきことと記載されているので、本件和解調書上の松岡の負担した債務とみるに、和解条項中松岡の支払義務としてその第一項に「訴外松岡岩楠は被告に対し金七九万六九八円五二銭およびこの内金五三万七九四一円六八銭に対する昭和二五年四月一日から完済に至るまで日歩金五銭の割合による遅延損害金の支払義務のあることを認めること」の記載がなされている。

前記和解条項第五項にいう「松岡岩楠の本件債務」とは、右支払義務に関していることは明らかであるが、「本件債務」とは松岡が負担した右すべての支払義務をさすのかあるいは「七九万六九八円五二銭」もしくは「五三万七九四一円六八銭」の支払義務をいうのかは必ずしも文字自体からただちに明らかであるともいいえない。

そこで右意義を明らかにすべきであるが、債務名義の解釈は他の資料を用いることは許されず当該債務名義のみから解釈しなければならないから本件についても和解調書のみによつてこれをみると、亡延一につき和解条項第五項で、確定した金額につき一部保証をする旨の記載となつているので同項に松岡の「本件債務」というのも同条項第一項中確定した金額として記載されている「七九万六九八円五二銭」ないしは「金五三万七九四一円六八銭」をさすと考えられないでもない。しかし何ら限定もなく単に「松岡岩楠の本件債務中」とのみされていることにてらしてみると、そうとはいいきれないし、その他和解条項のうえで右文言が明らかに「金七九万六九八円五二銭」ないし「金五三万七九四一円六八銭」をさすと考えられる記載もない。

そうすると単に「松岡岩楠の本件債務中」とのみあつて何らの限定もなく記載され他に前記確定して記載された金額をさすと考えられる文言のない本件和解条項においては右の「本件債務」というのは訴外松岡が負担した和解条項第一項記載のすべての債務をさすと解するが相当である。

もつとも亡延一は松岡のいかなる債務につきその保証債務を負担したか、当事者間における真意如何というに、〈証拠省略〉によると訴外松岡岩楠は昭和二三年一二月二五日から昭和二四年四月ごろまでの間買受けたコイヤーフアイバー代金五三万七九四一円六八銭の支払を遅滞していたので被告国は同人に対し右代金と売渡後昭和二五年三月三一日までの遅延損害金二五万二七五六円八四銭および右コイヤーフアイバー代金に対する昭和二五年四月一日から完済まで日歩金五銭の割合による遅延損害金の支払を求めるため本件和解の申立をしたこと、当時細田義顯亡田中延一は右松岡とロープ等製造の同業者で同一ブロツク(沖野野地区)に属し約一〇名のブロツク構成員等とともに紀州棕梠工業組合を通じ国よりロープ等製造の原料であるコイヤーフアイバーの配給を受け、その代金をブロツク長であつた松岡の手を経て支払つていたころ同人は自己の営業が不振となるとともに構成員よりあずかり、国に支払うべきであつた代金を費消し結局前記コイヤーフアイバー代金の遅滞を生ずるようになつたこと、そこで右代金をブロツク構成員の全体から完済すべく要求をうけていたので、細田・亡延一の両名はその支払について協議し、結局同人等が従来の仕入れ実績がもつとも多かつた点を考慮し右遅滞代金約五〇万円中三〇万円位を両名において支払うこととすべく和解申立前互いに話し合つていたこと、右話し合いのうえ亡延一は細田より一任されて和解期日に出頭し、本件和解が成立したこと、以上の事実が認められ、右事実と和解調書中、和解条項第一、五項の記載を総合すると同第五項中「本件債務」とはコイヤーフアイバー代金五三万七九四一円六八銭をさすと解され、亡延一は同条項第一項記載の松岡の負担する七九万六九八円五二銭のうちコイヤーフアイバー代金である金五三万七九四一円六八銭につき、そのうち金一七万五〇〇〇円を限度とする連帯保証債務を負担したことが認められる。そして右のとおりであるから訴外松岡の負担した昭和二五年四月一日以降の遅延損害金を含むすべての債務のうち金一七万五〇〇〇円を限度とする保証債務を負担したとの事実は認められない。

しかしながら、債務名義に表示された給付義務の何かを解釈するに右記載のような債務名義以外の資料にもとずいて当事者の真意を探究しそれによりこれを左右することは許されず当該債務名義のみによつて解釈すべきこと既述のとおりであるから本件についても和解調書のみによつてこれをみると、前記のとおり訴外松岡の負担したすべての債務即ち七九万六九八円五二銭と右の内五三万七九四一円六八銭に対する昭和二五年四月一日から完済まで日歩金五銭の割合による遅延損害金の支払義務のすべてにつきその内、金一七万五〇〇〇円を限度として亡延一の給付義務のあるをこと表示したものと解すべきである。

三、(弁済について)本件給付義務に関し、亡田中延一は、別紙(二)番号1ないし52記載のとおりコイヤーフアイバー代金合計金一四万五〇〇〇円を支払つたことは当事者双方に争がない。

さらに昭和四二年四月一四日右延一が死亡し、原告等は相続分五分の一の割合でその相続人となつたので、右割合により亡延一の債務を承継したものと解されるところ、原告等は各自計六〇〇〇円づつ合計三万円のコイヤーフアイバー代金を別紙(二)、番号53ないし67記載のとおり支払つたことも当事者双方に争がない。

四、そうすると、本件債務名義に表示された給付義務は右弁済によりすべて消滅したというべく、その余の主張は債務名義に関し前記解釈と異る前提に立ち、これを判断するまでもない。

よつて、本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長尾正)

別紙(一)

和解条項

一、訴外松岡岩楠は被告に対し金七九万六九八円五二銭およびこの内金五三万七九四一円六八銭に対する昭和二五年四月一日から完済に至るまで日歩金五銭の割合による遅延損害金の支払義務あることを認めること。

二、訴外松岡岩楠は前項記載の金七九万六九八円五二銭を左記のとおり分割して被告に支払うこと。

昭和二五年一〇月より昭和二六年二月まで毎月末日限り一回金一万五〇〇〇円也

昭和二六年三月末日限り、金七一万五六九八円五二銭

三、被告は訴外松岡岩楠が第二項の分割支払を完全に履行したときは第一項記載の遅延損害金の支払義務を免除すること。

四、訴外松岡岩楠は第二項記載の分割支払を一回でも怠つたときは期限の利益を失い残額および第一項記載の遅延損害金を一時に支払うこと。

五、訴外田中延一、細田義顯両名は訴外松岡岩楠の本件債務中各金一七万五、〇〇〇円ずつを限度として各連帯保証債務を負担すること。

六、本件債務の支払場所は被告が納入告知書によつて指定する場所とすること。

七、本件和解中立費用は各自負担とすること。

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